2-4 中尊・阿弥陀如来像の姿について

中尊・阿弥陀如来像の頭部
中尊・阿弥陀如来像の頭部



ゆいまくん この阿弥陀三尊像がつくられたのは、平安時代も終わりに近い12世紀の中ごろ。法金剛院の阿弥陀如来像と近い時期だけど、こちらの像の方が少しだけ後につくられたんだ。
 この時代の仏像は、平安時代中期の仏師定朝(じょうちょう)がつくり出した様式を踏襲したものが多く、定朝様(定朝様式)と呼ばれるのだけど、この仏像はどうだろう。顔立ちをよく見て、百花さん、どう思うかな。

百花さん (小声で)あー、またゆいまくんが先生っぽく質問してきたよ~
 えーと、あ、あごが…

ゆいまくん あご! いいところに着目したね。

百花さん うん、あごのラインがしっかりと引き締まっていて、えーと、そうだなあ、厳しいっていうか、意志の強さのようなものがあらわれているように思います!
 全体的には、やさしくて、落ち着いた雰囲気だけど、そういう中にきりりとした威厳があるっていうか。

ゆいまくん とてもよく見たね。そう、穏やかな中にも威厳を感じさせる顔立ちだよね。伏し目がちなまなざしからは優しく穏やかな風があり、あまり広くとらない額、それほど張らないほおの様子は、自然で落ち着いた雰囲気があるよね。
 定朝がつくった仏像は「尊容、満月の如し *」と、当時の有力者から絶賛されたんだ。定朝作の平等院鳳凰堂阿弥陀如来像は、頬が豊かに膨らみ、まん丸いお顔をして、円満な相は満月にたとえられるのになるほどふさわしいと思うよ。それに対してこの三千院の阿弥陀如来像は、まん丸い顔というよりは、どちらかといえば四角張った顔つきだよね。もちろん定朝様の仏像が盛んにつくられた時代の像だから、その影響下にあることは否定できないけど、典型的な定朝様の仏像とはちょっと距離があるように感じられるね。

百花さん 手の構えについては… えっと印相(いんぞう)っていうんだっけ。

ゆいまくん この像と平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像や法金剛院の阿弥陀如来像が最も違っている点、それが印相だね。
 平等院鳳凰堂や法金剛院の像は両手をお腹の前で組む、定印(じょういん)という印相だったのに対し、こちらの三千院の阿弥陀如来像は左の手は膝の上でてのひらを上に向け、右手は肘を曲げて胸の高さでてのひらをこちらに向けている。左右の手はともに親指と人差し指で丸印をつくってるよね。

百花さん この丸印が、阿弥陀仏であることを示しているのよね。

ゆいまくん そうだね。
 それでね、こちらの像のように左手は膝の上、右手は胸の高さでてのひらをこちらに向ける阿弥陀如来像の構え、これを来迎印(らいごういん)というんだ。その名の通り来迎、つまり臨終の人を浄土への迎えに来てくださっている様子をあらわすものなんだよ。
 なお、阿弥陀如来像の基本の印相としては、定印と来迎印、そしてもう一つ、胸の前で両手を構える説法印(転法輪印とも)という形があるんだよ。

百花さん 阿弥陀如来像の印相には3種類があるのね。平等院鳳凰堂や法金剛院の像は定印だったけど、三千院の像は来迎印…

ゆいまくん 腕はどうかな。それほどすらりと伸びている感じではないけど、ゆったりとした自然な構えといえるね。
 上半身は豊かに大きく、いかにも頼りがいのある姿だね。体にまとう衣は薄手だけど、衣の襞(ひだ)はしっかりと、ほぼ等間隔にあらわされている。優美さよりも実直な雰囲気が感じられるね。

百花さん 法金剛院の阿弥陀如来像では台座や光背にも特徴があったけど、この三千院の阿弥陀如来像ではどうなのかな。

ゆいまくん 阿弥陀如来像の台座は八角形をしているんだ ** 。この時代、如来像の台座は蓮華座が主流なので、この形は例がないわけではないけど、珍しいといえるね。蓮華座の方が軽やかな感じとなるが、こうした多角形の台では、古風で威厳ある雰囲気を出しているということができるね。
 光背は大きく立派で、1枚の蓮の花びらをかたどった形につくられているんだ。

百花さん 光背の形、しゅっとしていて、カッコいいね。
 たしか法金剛院の仏さまの光背は、まわりの部分はあとで補われたという話だったよね。この仏像の光背はどうなの?

ゆいまくん こちらの仏像もやっぱり周縁部は後補なんだよ。
 二重円相、つまり光背の中心の部分、仏さまの顔、体のまわりに見えている曲線で囲まれたところは当初部なんだ。植物の模様が彫られているね。派手さは抑えられて、清らかで美しい印象があるよ。ただ、取り付けられた梵字 *** は後のものにかわっているんだ。 
 一方、脇侍の菩薩像は蓮華座に乗り、シンプルな光背をつけているね。

 

中尊光背(部分)。丸の中は後でつけかえられたもの
中尊光背(部分)。丸の中は後でつけかえられたもの

 

(注)
* 当時の貴族の日記(藤原資房の『春記』)にこのように述べられている。満月は清浄さ、悟りをあらわすものなので、定朝の仏像が満月のようだと評されたのは、単に顔つきが円満であるということにとどまらず、如来の姿形としてこれほどふさわしいものはないと絶賛されたということを意味している。

** 多角形の形の台座に布がかけられている、裳懸(もかけ)座と呼ばれる形式。布は仏像の衣の一部と考えられるが、8角形をした台座のすべての辺から衣が下がっているので、別布をかけている表現であるかもしれない。

*** 梵字はサンスクリット文字のことで、奈良時代に日本に伝わり、神聖な文字として尊重され、また信仰の対象ともなった。この像の二重円光には13の梵字がつけられており、これは死者の追福を願う十三仏の信仰に基づくものである。十三仏は室町時代ごろからの信仰であるため、江戸時代前期に行われた修理時につけかえられたものと考えられている。