2-10 ゆいまくんによる追加講義 ー 寄木造について
法金剛院の阿弥陀如来像を拝観したときにも話に出たけど、寄木造の技法を完成させた仏師は定朝と考えられているんだ。
寄木造が一般化する以前の木彫仏は、頭と体幹部が一本の木材からつくられる一木造の技法で制作されていた。そうすると、木材の太さを超える大きさの仏像をつくることはできない理屈だよね。左右に小材を継ぎ足すことで、太さを補っているという場合もあるけれど、ともかく頭と体の中心部分が一つの木材から彫り出されていればそれは一木造ということになるんだ。そして、その中心部分が数本の木材を合わせたものからつくられるようになると、それは寄木造となり、材の大きさという制約から自由になることができる。定朝はこの技法を自家薬籠中のものとして仏像制作を行った。平等院鳳凰堂阿弥陀如来像を修理した際、調査にあたった学者たちは、定朝がいかに巧にこの技法を使いこなして造像していたのかがよくわかったそうだよ。
寄木造では、ある程度彫り進めたのちにもとの材ごとに分けて制作にあたれば効率がいいし、大きな内ぐりをとることで軽量化でき、干割れも防ぐことができるんだ。そうしてできた内側のスペースを活用すれば、像内銘を書いたり、納入品を籠めたりすることもできるよね。
このように寄木造は良いことばかりのようだけど、実はそうでもないんだ。特に堅牢さという点では一木造の像にはるかに及ばない。十分な修復が行われずに長年経過すると、最悪の場合、ばらばらになって壊れてしまうことだってあるんだ。
三千院の阿弥陀三尊像の寄木の構造は、像の前面部分は頭部から体部まで通した左右2材でつくられている。一方、後面の材では頭と体は別材でつくられ、体部の方は左右2材でつくられているんだ。また、底面へと支柱状に材の一部を彫り残す心束という工夫(左右の材の接合面を像底へ突起のように残す。古くは平等院鳳凰堂本尊の阿弥陀如来像に見られる)があり、こうしたの構造は三尊に基本的に共通しているんだ。これは、三尊を同時一具の作と推定する有力な手がかりともなっている。
同じ寄木造といっても、もっとたくさんの材木を組み合わせていたり、マチ材といって、細い材を間に挟み込んだりするなど、時代や作者によってさまざまなタイプがあるんだ。仏像の内部についての情報を知ることができれば、その仏像をより深く理解していくための重要な手がかりとなるんだよ。もちろん仏像内部を覗き見ることはできないけれど、修理時などに得られた情報が公刊(一般向けに刊行されていること)されていれば、ぜひ目を通すことをお勧めするよ。