坂ノ上薬師堂の諸像
平安古仏16躰が伝来
住所
静岡市葵区坂ノ上
訪問日
2014年1月5日、 2014年4月6日
拝観までの道
坂ノ上(さかのかみ)薬師堂は安倍川の支流、藁科(わらしな)川ぞいにある。
交通は、静岡駅前からしずてつバス藁科線(日向行き)で約1時間だが、本数は少ない。ほかに「谷津ターミナル」で乗り換え、デマンドバス湯ノ島号が1日2往復している(デマンドバス乗車は発車90分前までに電話予約が必要)。
いずれも、「坂ノ上中(坂ノ上薬師堂前)」で下車。すぐ西側に鳥居があり、石段が北の丘へと続いている。その上には坂ノ上神社があるそうだが、そこまで行かない左側に薬師堂が建っている(インターネット上の地図では「薬師寺」と表示されることがある)。
事前予約等はなくとも自由に拝観できるが、筆者は町内会長さんに事前に電話を入れてお聞きしたところ、ご親切に案内くださった。
拝観料
特に拝観料等の設定はない。
お寺や仏像のいわれなど
この地域は奥藁科ともいい大川地区ともいう。大川というのは藁科川上流の別名で、静岡市との合併前は安倍郡大川村であったとのこと。
江戸時代、ここに向陽寺という曹洞宗寺院があり、この薬師堂はその一堂であったという。それ以前は、奈良時代にこの地の豪族坂上氏が創建したといった伝承以上のことはわかっていない。
向陽寺は近代の廃仏で廃寺となったが、お堂は地元の方々に守られて今日に至っている。
なお、毎月8日朝には、陽明寺(藁科川をさかのぼった日向地区にある曹洞宗寺院)のお坊さんが来て、法要が行われているとのこと。
拝観の環境
平安時代作と思われる古仏が16躰、大きな仏像を除いてほぼ三段になって壇の上に並んで安置されている。金網の入ったガラス越しだが、近くよりよく拝観できる。
仏像の印象1(坐像の仏像)
中央に安置されているのは薬師如来坐像で、この仏像はそれ以外の安置仏に比べて格段に大きく、雰囲気や構造も異なっていて、他とは伝来を異にする像と思われる。
像高は1メートルを越える坐像で、寄木造、彫眼。平安時代後・末期の作と思われる。
表面は肉身部は金泥、螺髪と着衣部は彩色だが、これは後世のもの。両手も後補だが、そのほかの部分もかなり後世の手が入っているようで、顔つきもシャープさに欠ける。頭や体の奥行きはかなりあり、地方的な造像と思われるが、腹から左肩にかけての衣文の流れはなかなか流麗で、本来の華麗なお姿がしのばれる。
他の仏像は一木造で、素地をあらわしている。ヒノキかと思われる針葉樹材で、内ぐりはほどこさない、古様なつくり。平安時代中期頃、10~11世紀の作と思われる。
坐像の仏像は、中央の薬師如来坐像を別とすると4躰あり、金剛界の大日如来像と如来形坐像3躰である。
大日如来像は像高65センチ余り。薬師如来坐像の向かって左側後列に安置されている。
筒状の冠をつけ、姿勢よく座る。手は胸のすぐ前で構える。やや怒り肩、がっしりした上半身、左右に強く張った脚部と、魅力ある一木彫の仏像である。
如来形坐像は像高50センチほど。傷みが進み、印相など確認できない。しかし雰囲気はよく似ていて、また像高も揃っているところから、あるいは大日如来とともに五智如来像を構成していた中の3躰である可能性が考えられる。
薬師如来坐像の向かって右、前列に安置される像は比較的像容がわかる。両眉はつながっているようで、肉髻は段をつくらずに自然に盛り上がる。お腹には強く線が刻まれて、メリハリを出している。
仏像の印象2(立像の仏像)
3躰の如来坐像と同様に、立像でも同じタイプの像が複数あるのは面白い。今は特に規則性のない置かれ方をしているのだが、元はどのような群像であったのだろうか。
特に像高約80センチで、筒状の冠を着け、袖のある服を着て静かに立つ天部形像が2躰あるが、これらは同材を前後に割って彫刻したものであるらしい。
また像高70センチ前後の天部形像が2躰あるが、これらは腹の前で両の手を組み合わせている。拱手(きょうしゅ、こうしゅ)といって、中国風の敬礼の仕方であるが、珍しい姿である。
お堂の左右の隅に立つ天部形像は、鎧を着て、忿怒形であらわされているので、四天王のうちの2躰であったものであろうか。兜をかぶり、口は閉じる。胴は強く絞って、その分下半身はどっしりと重たい。動きが感じられ、面白みのある像。像高は約1メートル。
立像の中で一番大きいのは十一面観音像で、像高は約140センチ。丸顔だが、額が狭く、頬を長く、顎を大きくつくって、印象としては細面にも感じられる。目が細く、印象的な顔つきの造である。下半身を長くし、衣の線は浅く、また省略ぎみにあらわす。正面のゆらゆらと曲線を描く裙の打ち合わせ部分も印象的
ほかにもう1躰菩薩形の立像があるが、こちらは像高約80センチ。残念ながら傷みが進んで目鼻立ちなどはもう分からなくなっているが、腰をひねり、下半身の量感が非常に富んでいて、力強い像である。
立像はあわせて11躰を数え、上に書いたほかに天部形像、僧形像、神像がある。神像は焼けたあとがあり、いたいたしい。顔に節が見え、わざわざ使いにくい材を用いているのは、それが特別の木であったからなのだろう。
さらに知りたい時は…
「坂ノ上薬師堂の平安仏(ほっとけない仏たち75)」(『目の眼』546)、青木淳、2022年3月
『静岡の仏像+伊豆の仏像』(展覧会図録)、上原美術館、2021年
「坂ノ上薬師堂諸像について」(『地方史静岡』25)、横田泰之、1997年5月