上宇内薬師堂と恵隆寺の仏像

  圧倒されるスケール

上宇内薬師堂
上宇内薬師堂

住所

会津坂下町大上村北甲803(上宇内薬師堂)

会津坂下町塔寺松原2944(恵隆寺)

 

 

 

訪問日 

2014年5月24日

 

 

この仏像の姿は(外部リンク)

会津坂下町・町内の文化財一覧

 

 

 

上宇内薬師堂について

バス停「坂下(ばんげ)営業所」から北へ徒歩約30分。

「坂下営業所」は、会津若松駅前のバスターミナルから会津バスで約40分。

 

上宇内(かみうない)薬師堂は浄泉寺というお寺に属しているそうだが、実質は地域の10軒にも満たない檀家さんが守っている。

拝観は事前予約必要。拝観料は500円。

 

もとは高寺の子院であったらしいが、それが調合寺として独立、しかし17世紀前半に会津を襲った地震で堂舎は崩れてしまい、17世紀の末に道安という僧が薬師堂を今の場所に移して再建したという。

薬師堂内には十二神将像5躰が安置されている。邪鬼を踏んでいるのが珍しい。そのうちの4躰は四天王像であったものを道安が十二神将につくりかえ、さらに1躰を補った。その後さらに1躰ずつ加えて12躰にしようと考えていたものが、途中で道安が没してしまって、5躰の邪鬼を踏んだ不思議な十二神将像となったということらしい。

ほかにお堂の中には、この道安の肖像彫刻などが安置される。

 

 

上宇内薬師堂の薬師如来像

薬師如来像はお堂の裏手の収蔵庫に安置されている。庫内で近くよりよく拝観させていただける。

脇侍の日光、月光菩薩像は中世末から近世の補作であるが、中尊の薬師如来像は古代の大作である。経て来た歴史ゆえの傷みのために膝前の部分などは後補になっている。

 

像高約180センチの坐像。ケヤキの一木造。

上半身の衣の襞は太い線とその間の細い線を交互に刻んでおり、両腕をしっかりとくるんで、緊張感がある。

衣を通肩にまとうところ、横長とも見えるほど体の横幅を大きくとっているところ、鼻の下から上唇までを強くあらわしているところなど、勝常寺の本尊によく似る。

違いとしては、勝常寺像は像高140センチ余りなので、本像の方が大きい。また、肉髻が低くなる一方、頬がぐっとふくらみ、顔の表情も優しくなっている。

本像は勝常寺の本尊にならい、その若干あとの時期につくられた像と考えられる。

 

なお、後補でない神将像(四天王像)は、表面こそ新しいが、邪鬼まで含めた一木造という古式の像で、バランスもよく、本尊と同時期の像と考えられる。

 

恵隆寺
恵隆寺

 

恵隆寺(立木観音堂)へ

恵隆寺は上宇内薬師堂から南南西、徒歩約30分のところにある。

最寄りのバス停は「塔寺立木観音前」で、下車すぐ。坂下営業所から柳津ふれあい館行き会津バスだが、日祝日は運休となる。

会津若松駅からだと、坂下営業所行きのバスで終点もしくはその少し手前の「仲町官庁前」で柳津ふれあい館行きバスに乗り換える。

JR只見線の塔寺駅からは徒歩20~25分。ただし列車の本数は少ない。

 

仁王門をくぐって正面が観音堂。拝観料は300円。

 

 

恵隆寺について

6世紀、中国から渡来した高僧によって開かれ、空海が再興した寺であると伝える。

もと北西の高寺山(標高約400メートル)の山頂にあり、やがて興隆して伽藍が山を埋め尽くしたという。12世紀末の源平の合戦に巻き込まれ、これを契機に山を下り(「高寺おろし」)、現在の場所に移ったのが恵隆寺のはじまりという。

当寺の観音堂は鎌倉時代の建築で、江戸時代初期の会津地震で倒壊し、その後修理・再建したもの。

 

 

恵隆寺の仏像

本尊の千手観音像は空海あるいは徳一の作といわれ、ケヤキの大木にノミをあまり多くは入れない「立木仏」のつくりであるということから、「立木観音」と称される。

像高は7メートル以上もある一方、材の制約のためかたいへん細身で、縦に引き延ばされたような印象がある。

本来秘仏ということだが、あまりの大きさのために厨子を設けず、大きな幕を前に下げる。拝観料を払うと、幕の内側で拝観させていただける。

しかし、あまりに大きいために、そばへ寄ると顔つきなどはわからない。

向かって右側にある「だきつき柱」、なんでもこの柱に抱きついて願うと叶うという柱が立つが、そこまで下がると横手からではあるが全体の印象がわかる。顔、体ともに細長い様子は、立木の幹そのままという伝えがあるのもなるほどと思う。

 

本尊の左右には二十八部衆像がずらりと並んでいて、壮観である。等身大像で、これだけ大きな像が、風神・雷神像を合わせ30躰のすべて伝わっているのは大変貴重である。

地方色が強く、全体的には室町時代くらいにつくられて、江戸時代に彩色が補われたと思われるが、すべてが同時期のものではなく、古い像も混ざっている可能性もあるようだ。

 

 

さらに知りたい時は…

『みちのくの仏像』(『別冊太陽』)、平凡社、2012年

「みちのくの仏像」(『東北 その歴史と文化を探る』、東北大学出版会、2006年)、長岡龍作

『会津若松市史17 会津の仏像』、会津若松市、2005年

『仏都会津祈りの里の仏たち 藤森武写真集』、藤森武、福島民報社、2005年

『図説 みちのく古仏紀行』、大矢邦宣、河出書房新社、1999年

 

 

→ 仏像探訪記/福島県