根津美術館の地蔵菩薩像
平安後期の基準作
住所
港区南青山6−5−1
訪問日
2010年8月7日、 2019年8月4日
この仏像の姿(外部リンク)
根津美術館までの道
地下鉄表参道駅下車、北へ徒歩10分。
原則月曜日休館、展示替え期間と年末年始もお休み。
入館料
コレクション展1,000円(特別展開催中は1,200円)
根津美術館について
東武鉄道、南海電鉄など私鉄の開業に深くかかわり、鉄道王と言われた根津嘉一郎(初代)のコレクションを中心としてつくられた美術館。開館は1941年。
東京には実業家の収集品を核とする東洋古美術の展示館がいくつもあるが、その中でも根津美術館の収蔵品は質・量とも群を抜いているように思う。
旧本館は1954年の竣工。これに加えて新館が1990年に建てられていたが、2006年から全面改築のために休館していた。2009年10月、リニューアルオープン。気鋭の建築家、隈研吾が設計した。
これにともなって旧本館は解体。さらに新館は事務棟と収蔵庫に転用となった。思い切ったことをしたものである。不況が長引く中、財団の経営する美術館はそれぞれに難しいことがあると思われるが、その中にあって根津美術館には勢いというかそういうものを感じる。
展示の環境
平安時代の地蔵菩薩像は、長く旧本館の入口に独立ケースで展示されていた。目立つ場所ではあったが、ケースのガラス越しでやや見にくかった。
今回のリニューアル後は、展示室3の壁付きケース中に興福寺伝来の帝釈天像(鎌倉時代・定慶作)などとともに展示されていた。ガラスは床からの大きなもので、照明もよく、ガラス越しであることを感じさせないほど見やすい展示となった。
仏像の印象
地蔵菩薩蔵は像高約160センチの立像。ヒノキ材(おそらく)を用いた割矧(わりは)ぎ造。
面長で、口は小さく、何ともいえない魅力的な表情を浮かべる。頬から顎のあたりはやや左右対称でなく、それがまた像の魅力を増している。
ほぼ直立する。肩はなで肩で下半身は長い。面奥は深く、胸も厚みがある一方、体躯は全体に薄いなどアンバランスであるのは地方作であるためか。衣の襞(ひだ)は浅く流れる。
右手先と両足先は後補。彩色がかなり残るが、当初のものではなく中世の塗り直しかと思われる。台座は当初のもの。
銘文について
像内に銘文があり、願主、願意、造像年、仏師名のすべてがわかっていて、貴重である。
願主は源貞兼、そのほか日下部氏(その夫人とみられる)や多記氏の名前が見える。造像の願いは現世の安穏と後世の善処だが、そのほかに「求雨願」とあって特に雨乞いの願いがこめられている。仏師名は快助。造像年は1147年である。ただし残念ながら、源貞兼にしても快助にしてもどのような人物かはわかっていない。
ただ、この銘文と非常に似た銘文を持つ仏像が存在する。国所有の阿弥陀如来坐像で、時々東京国立博物館本館の彫刻室で展示されている。願主は「源貞包」とあり、根津美術館の地蔵菩薩像の願主と一文字違いだが、読みはおそらく同じ「さだかね」で、同一人物と思われる。ほかにも共通すると思われる人物の名前が見られ、年も同じ1147年。
もしこれらの像が三尊像のうちの2躰であるとすれば、大きさも釣り合い、またやや地方的な造像と思われる作風も共通する。また、阿弥陀を中尊として、観音と地蔵を脇侍とする三尊像という取り合わせは、珍しいが他に例がある。
さらに、2012年度に国有となった二天像も合わせ、これらの像はかつて京都府京丹波町の長楽寺(臨済宗)に伝来したと考えられているが、この寺院は14世紀の創建であり、それ以前にどこのお寺にあったのかは不明である。
その他
根津美術館にはそのほかにも古代、中世の金銅仏や木彫仏がかなりの数収蔵されているが、今まであまり展示される機会がなかった。今後は、修復が必要な像については修復を進めるとともに、順次展示されていくようになるかもしれない。
地蔵菩薩像が展示されているかどうかは、ホームページ等で確認の上お出かけになるようお勧めする。
さらに知りたい時は…
「作品紹介 木造二天王立像」(『Museum』657)、奥健夫、2015年8月
「地蔵菩薩立像」(『国華』1391)、山本勉、2011年9月
『月刊 文化財』、2003年6月
『根津美術館蔵品選 仏教美術編』、根津美術館学芸部、2001年