達身寺の仏像群
80躰もの仏像を伝える
住所
丹波市氷上町清住259
訪問日
2016年4月30日
この仏像の姿は(外部リンク)
達身寺ホームページ・みどころ
拝観までの道
公共の交通機関で行くのはなかなか不便な場所である。
お寺のホームページによれば、JR福知山線の柏原(かいばら)駅か石生(いそう)駅下車し、タクシーで約15分とある。
タクシーで使わないとすると、石生駅前から関西記念墓苑行きの神姫グリーンバスで終点のひとつ手前の「前嶋橋」で下車、そこから北西方向に徒歩1時間弱歩くと着く。
拝観料
400円
お寺や仏像のいわれなど
曹洞宗寺院。
80躰もの仏像(破損仏が多い)を伝えており、さぞや大きな寺院を前身としてあったのだろうと考えられているが、よくわかっていない。
明智光秀の攻撃によってかつてあった大寺院が滅ぼされたのだろうとか、山岳仏教の一大拠点だった、仏像制作の大きな工房があったなどともいわれることがある。
拝観の環境
本堂に接続して収蔵庫があり、さらにその上に2つめの収蔵庫(宝物殿)がある。
本堂に近い収蔵庫には破損が進んだ仏像がたくさん並べられている。
上の収蔵庫の方が大きく、国指定重要文化財の仏像のほか、県指定文化財となっている仏像のうち保存状態が比較的よい20躰ほどの像が安置されている。
いずれもよく拝観できる。
仏像の印象
上の収蔵庫の奥の壁面中央に安置されているのが達身寺の本尊である阿弥陀如来像である。他の像を圧してひときわ大きく、像高は約230センチの坐像なので、若干小さめの丈六像である。定印を結ぶ。
これだけ大きな像だが、うつむき加減ということはなく、顔はまっすぐに前を向いている。ほおは引き締まり、口はへの字のようにきつく結んで、なかなかきびしい表情と思う。貫禄のある像である。
衣の線が浅く稚拙な感じであるのは、後世の彫り直しがあったためと思われる。
本尊に向かって右が薬師如来像、左が十一面観音像。いずれも坐像で、それぞれユニークな像である。
薬師如来像は像高約115センチ。像内に1192年を指す銘があり、貴重な基準作例である。
伏し目がちにし、口もとをゆるめて、優しげな表情が魅力的。衣は通肩のような、そうでないようなやや不思議な着方をしているが、これは地方の仏像ならではのことかと思われる。
十一面観音像は150センチを越え、まるまるとした顔つきに目をしっかりと見開いて、問いかけてくるようなまなざし。小鼻や口、顎は小さく、ややバランスの悪い顔立ちだが、個性的な魅力がある。
薬師如来像は銘文から鎌倉初期の像とわかっているが、他の2像も同じ頃の作と思われる。
薬師如来像の右側にもう1体の薬師如来坐像があり、こちらは一木造で、量感ある造形の古仏である。平安前期の作と思われる。像高約150センチ。杉の巨材を用い、内ぐりもない。
非常に迫力がある仏像で、顔は目、鼻、口が大きく、やや下膨れである。また上半身、お腹、膝のすべてが力に満ちている。怒り肩で、首は短い。
薬壷(亡失)をとる左手が右を向いているのは、京都・六波羅蜜寺や滋賀・善水寺の薬師如来像などもそうなのだが、比較的珍しい姿である。
その他(立像の仏像)
収蔵庫の奥の壁面を占める坐像の仏像に対して、左右の壁面など、立像が安置される。古様な姿の仏像も多い。
聖観音、十一面観音、兜跋毘沙門天が多く、尊名がわからない菩薩像、天部像もある。
観音像はお腹をまるまると出しているのが特徴的である。3躰ある十一面観音像は、仏頂面が髪を垂らした女神像のようであるのがおもしろい。
兜跋毘沙門天像は、下の収蔵庫に安置されている破損が進んでいる像も合わせると全部で十数躰伝来する。
毘沙門天像ばかりを多くまつる岩手の達谷窟や岡山の安養寺の例があるので、ここにも数多くの毘沙門天像をまつる信仰があったのかもしれない。ただ、達谷窟や安養寺ではほぼ同じ姿の像が複数安置されているのに対して、達身寺の像は1躰ずつ大きさや意匠に変化がある。
さらに知りたい時は…
『達身寺仏像群調査報告書』(『大手前大学史学研究所研究報告』15)、大手前大学史学研究所、2015年
『続古佛』、井上正、法蔵館、2012年
『日本彫刻史基礎資料集成 鎌倉時代 造像銘記篇』1、中央公論美術出版、2003年
「達身寺といそ(山へんに石)部神社・石龕寺」(『近畿文化』511)、田中嗣人、1992年6月
『丹波達身寺 木彫仏像の原郷』、船越昌、保育社、1984年
→ 仏像探訪記/兵庫県